10月20日(木)
【秘書気質 その5】
ルートセールスに近い秘書の通常業務で、そこは、なんぼか寄りやすいとか寄りにくいところは、出てきます。
なかには、2時間半立たされた連合町内会長もおられましたが、個性が強い名物みたいな会長さんは、当時本当に多くいらっしゃいました。しかし、中には、通りすがりに立ち寄って2時間経ってしまったという極めて居心地が良いところがあります。
最近、秘書が、複数で一緒に動いているケースを多々見かけますが、やはり、飛び込み営業は、一人で行うものです。四季折々の移り変わりを夕陽に感じるような風情は、ひとりならではです。
矢坂のTさんのところに、お邪魔するようになったのは、いったいいつからだったか?
最初、街道沿いの農業倉庫で、70歳を越えた白髪のお年寄りが、椅子に寝転がっている姿を見て、死んでると思いました。美しいとは言えないストーブか扇風機を中心に、5つほどまた年代ものの椅子が囲んであり、なにか気を使わなくてはいけない要素が皆無で、座れるもんなら座ってみろという状態でしたが、もうひっきりなしに人がやって来ました。
あだ名をつけるのがとてもうまく、Tさんが戦争に行かれているので、八路軍というあだ名の小倉太鼓の名人がこられたり、老(若)男女が、いつもおられました。
多分、出入りの許可の試験があるとすれば、「おえ、佐藤君、焼酎入りのコーヒー飲むか?」
と言われて、拒否しないこと。それが、たとえ、茶渋まみれの茶碗でもです。もちろん、全部飲むわけには行きませんが、「甘いですね~」と本気で感動したので、今から思うと、ウエルカムになったと思います。
それからは、仲人の会やカラオケの会に呼んで頂くようにもなりました。
たとえば、政治資金パーティーをするようなときに、いくら組織があるとはいえ、その都度、各種団体へ割り当てしたり、後援会のコアの方に集まって頂いて、当然のノルマのように目標枚数を示したりするのは、基本的には失礼なことです。
決して、前のほうには出て行かれないけれど、「おえ、佐藤君、来たったで。」と、なけなしのお金を握り締め、何人かで来てくださるのが、どれだけ嬉しいか。最後まで照れるように参加してくださる方が多くいてくださる、それが、底力で、秘書の力だと思います。
年のころなら、50歳以上異なるのに、秘書というより、一人の人間として認めて頂けたことが、本当に嬉しかったです。
おそらく、多くの方々にとって、秘書は縁の下の力持ち。はっきり言って、連絡係りなど誰だってかまいません。地域担当なのに、苗字も覚えて頂けない秘書などいくらもいます。
そんな中で、代理というより、あなたがおいでといわれて、はじめて仕事になります。
真冬に、外で待つ自動車で、「運転手さんも、たいへんじゃなぁ。」と缶コーヒーをもらったりするのが、本当に嬉しかった。
秘書の喜びは、そんなものなのです。
ただ、他議員の先輩秘書から頂戴した金言は、今ですら大きな支えになっています。「真ちゃん、『 いつもニコニコ したがわず 』」でいかないとこの仕事は、もちませんよ。」と。やはり、どこまでも、あくまで自分は自分であり続けることが、重要だと新しい他所の秘書には、申し上げています。