10月17日(月)
今日は、決算特別委員会です。各部局の成果報告を審査していけるので、開催回数の多さを嫌う議員もいるのですが、私は、好んで所属してきました。
とりあえず、車椅子での出席が可能か、検討してもらっていますが、マイクもいけるかな・・・。
【議員の暮らし】
もしも、議員でなければ、研修と称して、北は、釧路から、南は、宮古島まで行くようなことはなかったと思います。また、日米青年指導者交流プログラムで、アメリカでの2週間の研修や、スカンジナビアやモンゴル、フランス、ドイツ、台湾、香港複数回など絶対に行っていないでしょう。
副議長のときの飛行機のVIP待遇、新幹線で、グリーン車に乗ることさえ、なかったかもしれません。
ただ、そういうことを役得とも当然とも思えませんでした。あくまで、母親や選挙を支えてくれた友人の金銭感覚、リビング岡山のヒラ社員が、私のそれですから、馴染むはずがありません。
議員内で集まっても、よその国の話に思えました。
スーツや時計やワインや星野リゾートに泊まった話など伺うと、いよいよついていけず、というか何が面白いのか、日本語が分からないという感じです。
以前、森先生が、議会内の貧乏リストを作られたことがありますが、私は、堂々のビリから2位でした。ただこのときは、平和町の平和地所ビルがあるという前提のようでしたが、それについては、相続放棄しており、持ち家や土地など全くない根無し草ですから、ビリではないかな・・・。
議員も、出自は、まちまちで、会社経営している二世議員には、せこせこしていない品のある安定感を感じます。
最近の傾向としても、やはり、若手でも、地元に商売があり、議員報酬だけで何とかしようという議員は、まずいないと思います。もちろん、強固な組合や組織の全面的バックアップがあれば、話は別ですが。今後、たとえば、20歳台で、徒手空拳、青雲の志を持って県議会委員を目指すというのは、賛成できません。あえて言えば、純粋な秘書上がりや、政治的な関心をもって、きっちりした職業をお持ちなのに、地方議員から泥をかぶってみようという経験が、現実と理想のギャップを広げてしまうだけです。
あるいは、地方議員の任期途中で、首長や国会議員を転じるのも、特は、複数選挙区では、現実味が極めて薄いように思います。その時代にあって、そのときの選挙のテーマに沿った候補者、」優秀な人材は、どんどん出てきて、一選挙区で、いくらトップ当選を重ねたところで、よほどのカリスマ性がなければ、のし上がってはいけません。それならば、端から、首長や国会議員を目指す動きをすべきかもしれません。
ましてや、期を重ねれば重ねるほど、地域の責務が重くなり、逆に、選挙区を離れる動きは、年々とり難くなります。やるにしても、20年計画です。
いつくるか分からないタイミングを待つ。仮に何かの資格があって食べてはいけるにしても、ご家族の期待通りには、なかなかならず、そうしたイライラ感を持ちながら、子どもは、すこしずつ大きくなり、課題もふえて家族の皆さんが幸せになるとはとても思えません。
こう考えてくると、子育てがすんで、リタイアされた主婦の方が、どんどん出てくるような仕組みは重要ですし、失礼ながら、未婚で、お子さんがいない女性のほうが、かなり自由度が高いと思います。やっていける感はあります。
やはり、女性の感覚でしか動かせないものがあります。
とはいうものの、本当は、地方議員を職業化すべきかどうかすら問題です。委員会は、夜に、本会議は、日曜日に開催し、半ボランティアの議員にする。サラリーマンや子育て中の女性も、どんどん参加する。
どう考えても、特権階級的な勝ち組の議員が、ちょっと多すぎます。生の怒りの声になっていません。