9月21日(月) 富山駅の朝

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登山客が多いので、当時は夜通し開いていて、学生時代に何度も泊まった?富山駅の朝。ずいぶん変わりました。路面電車は、駅前どころか、駅構内に、平面乗り入れ。目の前の新幹線の改札に繋がりますし、とっくに、環状化されていて、富山駅前は、まだまだ変わりそうです。なんか悔しい。

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富山駅は、富山県富山市明輪町にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)・あいの風とやま鉄道の駅である。

 

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≪富山地方鉄道≫
富山地方鉄道株式会社は、富山県東部を中心に鉄道路線およびバス路線を運営する中規模地方私鉄。富山県では地鉄(ちてつ)と略して呼ばれる。
現有路線の総延長距離は2009年12月23日現在、100.5km。富山地方鉄道発足時は100kmを超える路線網を有していたものの路線の譲渡や廃止により100kmを下回っていた。2009年12月23日に富山市内軌道線を環状線化する0.9kmの新線(富山都心線)が開業し、再び保有路線が100kmを超えた。

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≪富山ライトレール≫

富山ライトレール株式会社は、富山県富山市で富山港線を西日本旅客鉄道(JR西日本)から引き継ぎ、路面電車(ライトレール)化した上で運営している第三セクター方式の鉄軌道・バス事業者。本社所在地は富山県富山市城川原三丁目3番45号(城川原駅に隣接)。

<富山港線>

軌道区間の都市計画上の名称は「富山ライトレール線」だが、軌道法や鉄道事業法に基づく手続きでは軌道区間、鉄道事業区間ともに「富山港線」の名称がそのまま使われている。
富山駅北駅から奥田中学校前駅の直前までは、道路上に新設された併用軌道を走る軌道区間で、奥田中学校前駅から岩瀬浜駅までが在来の専用軌道を走る鉄道事業区間となる。JR西日本・あいの風とやま鉄道の富山駅高架化後は、既存の富山地方鉄道富山市内軌道線と相互に乗り入れる構想がある。なお、富山港線は元はJR西日本、さらに前はその前身である日本国有鉄道の路線で、国有化前は富山地方鉄道が富岩線として保有していた。また、併用軌道区間内のレールはドイツから輸入された。
TLR0600形新潟トランシスで製造された2車体連節低床式路面電車で、開業に合わせて7編成が導入された。一般公募で決まった「ポートラム」という愛称が付けられている。これは「港」(=port)と「路面電車」(=tram)を組み合わせた造語である。外装は立山の新雪をイメージした白色を基調としている。また、フロントガラスの下縁部と乗降口の周囲には、編成ごとに異なるアクセントカラー(虹にちなんだ7色:赤、橙、黄、黄緑、緑、青、紫)が施されている。マスコットキャラクターとして、富山県立富山北部高等学校情報デザイン科の生徒によりデザインされた、ネコと電車をモチーフとする「とれねこ」がある。編成数と同じ「7匹」がおり、編成に対応してそれぞれ特徴と性格が設定されている。

<フィーダーバスと電車(2008年5月10日 岩瀬浜駅)>

富山港線の蓮町駅・岩瀬浜駅に接続するフィーダーバス2路線を運行している。2006年4月の富山港線の移管開業に合わせて、富山市が試験的に運行を開始した。2007年4月から本格運行となり、運行主体が富山ライトレールに移管された。なお、実際の運行は一貫して、富山地方鉄道に委託されている。

 

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<合理化と路線縮小の衰退・停滞期>

高度成長期を迎えた日本国内においては、急速な市街地の拡大とモータリゼーションの進展により、全国のほとんどの大・中都市で自動車利用者の増加ともに軌道系交通利用客数が漸減する傾向が次第に顕著化していった。富山市においてもその影響は次第に暗い影を落とすようになり、経営合理化のための乗務員削減を図るべく1969年(昭和44年)6月から一部系統のワンマン運転を開始し、翌1970年(昭和45年)4月までに全系統をワンマン運転に変更した。
しかし、自動車の増加による路面電車の鈍足化が利用客の減少に拍車をかける悪循環を食い止めることはできず、結局1972年(昭和47年)9月に東部線の一部(中教院前 – 北新町 – 地鉄ビル前間)が廃止となったのを皮切りに、翌1973年(昭和48年)3月には支線(西町 – 旅篭町 – 丸の内間)が廃止され、環状運転系統が消滅した。
1977年(昭和52年)8月より、射水線の新富山駅前 – 富山駅前間への乗り入れを再開するなど、経営努力が続けられたがその射水線自体が1980年(昭和55年)4月に廃止となり、さらに1984年(昭和59年)には西町 から不二越駅前へ通じていた東部線の残り(西町 – 中教院前)と山室線(中教院前 – 不二越駅前)が廃止され、路線は南富山駅前から大学前までの1本のみとなり、総延長も最盛期の半分近い6.4kmへと衰退してしまった。
その後、平成に入りバブルの崩壊と共に経済が停滞するようになると、急激な開発や市街地の拡大の速度が鈍化するとともに路面電車の代替交通機関としての新規鉄道路線や新交通システム・地下鉄等に対する自治体の高額の費用負担が不可能との判断がなされ、全国的な路面電車廃止の嵐は下火となり、現有路線を消極的に維持存続させる動きが主流となっていった。
<路面電車の復権から再興期>

20世紀末、環境問題が真剣に討議されはじめると、その世相を反映し欧米諸国を中心に排気ガスを出さない公共交通として電気鉄道が注目をあつめて復権、路面型都市交通を復活・または新規に導入する都市が急増し始めた。それらの都市の大半では超低床車を活用したバリアフリーな水平エレベーター的な存在として導入される例が多く、そのお洒落で洗練された姿が日本にも紹介されるようになった。
その結果、国内でも旧来の路面電車をそういった次世代型路面電車システム (LRT) に改修再編し、新しい都市機能として都市の活性化に役立てようという見方がなされるようになった。富山市においても、消極的な維持から積極的な発展へと路面電車に関する見方が変化するきっかけとなり、様々な計画が実行に移されることとなった。
○富山都心線の開業(環状線の復活)

富山市では都心部の活性化及び市内の公共交通再編を路面電車を生かし発展させる方向で推進する政策を決定、その第一弾として2006年(平成18年)に富山ライトレールを開業したが、つづく第二弾として、路線縮小により消滅していた繁華街を回遊可能な環状線の復活を打ち出した。
二案が検討されたが、2006年(平成18年)6月に、「大手町ルート」を採用、丸の内から西町に至る約0.9kmを単線で敷設、富山駅前→丸の内→大手モール→荒町→富山駅前の約3.5kmを反時計回りでの環状運転とすることを決定、 2007年(平成19年)11月15日に国土交通省にそのことを盛り込んだ「地域公共交通総合連携計画」を提出、同時に「軌道運送高度化実施計画」としての認定を申請した。
これは、同年10月に施行された地域公共交通活性化法(LRTなどで上下分離方式を認めたもの)に基づき、市が軌道や電気設備・信号設備・車両等の建設整備・保有・開業後の補修を担当する軌道整備事業者、富山地鉄が富山市から施設や車両を借りて委託営業を実施する軌道運送事業者として認定を受ける「上下分離・官設民営方式」による事業を申請するもので、軌道法における免許取得申請に相当するものである。翌2008年2月28日に全国で初の「軌道運送高度化実施計画」第一号認定を受け、これにより事業費は約30億円のうち約13億円の国費補助を受け、市の負担は約17.5億へと軽減することとなった。
工事と並行して2008年(平成20年)10月、車両デザインが決定。車両は2006年(平成20年)に開業した富山ライトレールや高岡市の万葉線と全く同型同規格の新潟トランシス社製2車体連接LRV(超低床電車)であるが、富山ライトレールのレインボーカラー7色の車体色とは対照的な白・銀・黒のモノトーンを採用。
2009年(平成21年)12月23日、午後1時より富山市による開業記念式典が開催された。続いて午後2時より発車式を行い、開業記念イベントとして無料試乗会が実施された。。当日は22時までこの無料体験のみを行って運行を終了、正式な「市内線3系統」としての営業運転は翌12月24日の始発より開始された。

○ICカード導入

市内線内では従来、磁気カード回数券「トラムカード」(販売額2000円で2300円分利用できるカードと販売額1900円で2200円分利用できるカードがあった)を発売していたが、市内のバス路線や2006年(平成18年)に開業した軌道線富山ライトレール線とは互換性がなかった。市内公共交通の共通乗車システムの構築を模索していた富山市は、環状線復活事業とあわせて全市内線をICカード対応化することを決定、システム整備支援費を2009年(平成21年)度予算案に計上した。2010年(平成22年)2月、カードの名称が「ecomyca(えこまいか)」に決定、17両の軌道線車両および3編成の環状線用車両すべての車両にカードリーダが導入された。同年3月14日の始発から軌道線全線で利用が開始された。2011年(平成23年)3月5日よりバス路線にも拡大導入され、2012年(平成24年)3月17日には、富山地方鉄道の鉄道線でも利用可能となった[1。これにより、JR線以外のほぼすべての公共交通が一枚のカードで利用可能となった。
富山市内の交通系ICカード(えこまいか、パスカ)の特徴としては、公共交通の利用促進策として、軌道系交通(市内電車・富山ライトレール)を一日4回以上利用すると4回目以降が自動的に無料となる「オート1dayサービス」のほか、市街地との相互発展を支援する機能として、ICカードを利用して公共交通で市街地の加盟店(約100店舗)を訪れて買い物をし、ICカードのチャージ分で支払いをすると、その金額に応じてICカードにチャージ可能なポイント券が付与されるというキャッシュバックサービスが付加されている。

○全面低床車両導入

2010年(平成22年)4月に、豊橋鉄道が2008年(平成20年)に導入したアルナ車両製3車体連結全面低床車両T1000形と同型の低床車両・T100形を導入し「サントラム」という愛称が付けられた。旧来の主力車両であった7000形12両の老朽化に伴う車両更新と利便性向上を目的としており、富山地方鉄道としては初めての低床車両の購入となる。2012年(平成24年)度予算にも1編成を導入する予算が計上され、以後は少しピッチを早めて2015年(平成27年)の北陸新幹線の開業から数年以内には営業用の7000形の全車を置き換える予定としている。2013年(平成25年)2月10日には乗り心地向上のため車両に一部改良を加えた2編成目が営業運転を開始した。また今後5 – 6年で4編成を導入する計画を発表した[19]。2014年(平成26年)5月には北陸新幹線の開業に合わせ、2014年度中の3編成目導入を発表した。
○富山大橋の架け替えと単線区間の複線化
○富山駅南北接続事業

富山ライトレールは2006年(平成18年)4月29日に西日本旅客鉄道(JR西日本)富山港線を一部路面電車化して引き継ぐかたちで開業した。これは、富山市内はもちろん、全国的に見ても久々の路面電車の新規開業・路線拡大として話題となったが、この路線は元々は私鉄の戦時買収により国鉄に買収される以前は富岩線という富山地方鉄道の一路線であった。富山駅が2015年(平成27年)の北陸新幹線延伸開業に伴い高架化される予定となったため、この路線の帰趨を巡っては、路面電車化のほか、鉄道線のままJR高架駅乗り入れや全線廃止してバス化するなどの様々な案が取り沙汰されたが、結果的に路面電車化した場合の社会的総便益が最も大きくなるとの結論に至り、路面電車として再出発することになったのである。
この判断には新幹線開業後に予定されている在来線高架化工事が完了し次第、富山ライトレールの路線を高架下から富山駅南口側へ延伸して地鉄市内軌道線と接続、直通運転を行うことで、富山中心市街地から岩瀬浜方面の交通利便を劇的に向上し得ることが当初より念頭に置かれていた。
富山市では「県都富山の新たな顔をつくる」として、富山駅高架下新幹線改札正面の南北自由通路にこの路面電車の南北接続線を通す設計で整備計画を進めており、そのコンセプトとして「セントラム・ポートラムが改札口から見える空間構成」を第一番に掲げている。

2013年(平成25年)4月26日、国土交通省は富山地方鉄道と富山市が申請していた延伸事業を認定したと発表した。それによると、富山駅高架下に新設予定の富山駅中央電停から現軌道線との接続点までの160mを敷設して、北陸新幹線が開業する2014年度(平成26年度)末に開業し、全電車を富山駅中央電停まで運行するとしている。軌道施設などは富山市が建設・保有して、超低床電車の導入や電車の運行は富山地方鉄道が行う上下分離方式が採られる。富山ライトレール富山港線の富山駅中央電停までの延伸は、計画認定申請に係る審議時の配布資料によると概ね2018年度(平成30年度)の完成を目指すとしている。なお富山市は、富山駅中央と仮称していた富山駅高架下に新設予定の停留場名について、「富山駅」に決定したと2014年6月2日に発表した。また現在ある富山駅前停留場は、乗客が混同する恐れがあるため、「電鉄富山駅・エスタ前」に改名した。

○フリーペーパーの車内配布[編集]
<今後の計画>

○上滝線との直通
○大学前電停からの延伸

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富山地方鉄道 列車

普通列車・急行列車のほか、電鉄富山駅 – 宇奈月温泉駅に特急「うなづき」、宇奈月温泉駅 – 寺田駅 – 立山駅に「アルペン特急」、朝ラッシュ時には上りのみであるが宇奈月温泉駅 – 電鉄富山駅間に快速急行列車が走る。特急列車に乗車の際は特急料金が必要となる。座席は「うなづき」が一部指定、「アルペン特急」が全席指定である。また、冬季はチラシや新聞に電鉄富山駅 – 宇奈月温泉駅の間で一部の便で普通運賃が無料になる券がある。
過去、国鉄時代(1970年 – 1983年)には大阪駅発の急行「立山」や名古屋(名鉄名古屋駅)方面からの特急「北アルプス」などが、JRとなってからも(1990年 – 1999年)大阪方面から特急「スーパー雷鳥」や「サンダーバード」などが、国鉄 (JR) 富山駅から地鉄線に乗り入れる定期運用もあった。なお、非営業車では以後もJR西日本の軌道検測車(キヤ141系)が入線している。

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●「ポスターの街・とやま2015」が開催されます!
世界5大ポスター展のひとつであり、国内唯一の国際公募ポスター展でもある「世界ポスタートリエンナーレトヤマ2015」(略称:IPT2015)。1985年より富山県立近代美術館にて3年に1度開催されており、今年で11回目を迎えます。
IPT開催期間中(9月19日(土)~11月23日(月・祝))は、富山市内各所でIPT協賛イベント「ポスターの街・とやま2015」も開催されます。
この機会にいろいろなポスターを観て、ポスターデザインをもっと身近な存在として感じることで、ポスターの持つ魅力が街を活気づけ、さらなる賑わいを生み出す、デザイン・コミュニケーションをお楽しみください。また、IPTの審査や鑑賞に訪れる外国の方々にも、富山のデザインを発信することで、海外にもポスターの街・とやまをPRしていきます。

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